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     宍戸さんには、お金が無い!


    その9 〜謎のメイド〜 の巻




   俺が、何度かクッションを投げて、息を切らせていると、コンコンとドアをノックする音がした。

   もしかすると、鳳本人が、直接尋ねてきたのかと俺は考えた。

   俺はすぐ、寝室に走り、ベッドサイドに置いてあった水差しの瓶の水をトイレに捨て、それを

    両手で握ると入り口のそばで身構えた。


   鳳でも、侍従長の黒沼でも、メイド頭の寿でも、俺は殴り倒して逃げるつもりだった。

   カチャリと鍵を開ける音がして、扉が開いた。

   俺が思いっきり瓶をふりあげると、そこには、メイド服を着た小柄な少女が立っていた。

   その子の悲鳴で、慌てて攻撃を止めてしまった。

   こんな小さな女の子では、瓶で打ちすえたら死んでしまうかもしれない。

   いくら何でも、人殺しにはなりたくなかった。

   「お、お、お、お、お食事を持ってまいりましたぁ! 」

   震えてどもりつつ、そんな事を言うソバカス顔の女の子には見覚えがあった。

   癖のある三つ編みが、背中でゆらゆらと揺れていた。


   俺に、薬入りの紫色のジュースを飲ませたメイドだった。

   「あっ!お前! 」

   俺が叫ぶと、少女は脅えたように、少し後ろへと下がった。見ると、その後ろには四人の

    メイドが一緒に立っており、大きなワゴンのようなモノを押していた。



   俺は、部屋のテーブルにならべられてゆく料理を不機嫌に眺めていた。一通り、準備が

    済むと、三つ編み頭のメイド以外は外へ出て行ってしまった。

    また、カチリと鍵のかかる音がする。


   今日の食事は和食らしい。

   ご飯と味噌汁と、焼き魚に、卵焼き、胡麻和え。シンプルなメニューだが、俺はこういう朝飯が

    好きだった。さすがに、俺の事は良く調べていると思う。


   メイドの話では、俺が目覚めたのを知って、鳳長太郎が朝食を部屋まで運ばせたのだと言う。

   やはり、あの男はカメラの映像を見ているのだ。

   自分のやっている事を黙って覗き見されるのは、我慢できない。

   無言でイスに座ったまま、箸をつけない俺をみて、その小さなメイドは心配そうに聞いてきた。

   「亮様。お食事を取ってくださいませ。あまり食欲が無いのでしょうか? 

    まだ、お体の調子がお悪いのでしょうか? 長太郎様が、とても心配していらっしゃいます。」


   俺はメイドを睨むと、腹が立っていたので、こんな事を言ってしまった。

    とても酷い言葉だった。


   「また、薬でも仕込まれているかもしれないからな。お前の持ってきた食事なんか、

    危なくて食えるものか。また、俺を騙す気だろう? 鳳も、お前も! 」


   すると、そのメイドは泣きそうな表情をして頭を深く下げると、必死な様子で訴えてきた。

   「 私が昨晩した事は謝ります。本当に申し訳ありません。

    でも、長太郎様は何も知らなかったんです。本当です。

    だから、あの方を悪く言う事だけは止めてください。

    長太郎様が、亮様を騙すなんて絶対にありません!

    だって、だって、亮様がこちらにいらっしゃるのを本当に楽しみにしていたんですよ。

     ずっと、幼稚舎の頃から、待ってらしたんです。


    亮様と一緒に住みたいから、旦那様にお願いして、《 お城 》をゆずってもらったの

     ですもの。それなのに、亮様を騙して薬を盛るなんて、そんな事をするわけが絶対に

     ありません! 」


    息を切らして必死で叫んでいるメイドの様子に驚かされた。

    こいつは、一体、何を言っているのだろうか?

    「なあ、お前。ヤツの事に詳しそうだな。」

    そう言うと、そのメイドの頬がみるみる真っ赤に染まってしまった。

    うわ、本気か? あんな強姦魔のどこが良いんだ?

    どうやら、このメイドは鳳長太郎に本気で惚れているらしい。おまけに、俺と鳳の

     事情についても、かなり詳しい様子だった。


    「なあ、お前。俺に飯を食わせたいのか? 」

    メイドは、当たり前だと言う顔で頷いた。

   「ふ〜ん、じゃあ。お前に免じて飯を食っても良いんだけど。

    なあ、代わりに頼み事があるんだ。」


   「なんでしょうか? 」と言い、メイドは真剣な表情で、俺のそばまで近づいてきた。

   「その、お前が言う《 鳳が俺を騙すわけがない 》の根拠は、一体、何なんだ? 

    おまけに、《 幼稚舎の頃から待っていた》って、どういう意味なんだ?


    それを教えてくれるのなら、飯を食ってやっても良いぞ。」


   メイドは、ソバカスだらけの顔に困った表情を浮かべて、しばらく悩んでいた。

   かなり長い時間が経過した。

   目の前の味噌汁が冷えるのでは無いかと、俺が少しだけ心配になっていると、

    メイドは突然、エプロンのポケットからリモコンを取り出し、カメラに向けてボタンを操作した。


   それから、やっと口を開いた。

   「部屋のカメラは全て切りました。私から話を聞いた事は、みなさんには秘密に

     してくださいね。」


   どうも、カメラで俺を監視していたのは、この女らしい。

   予想外だったので、俺も驚いてしまった。

   若いように見えるが、もしや、メイド頭の寿なみの地位だったりするのだろうか?




                           
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